人口減少、公共交通、空き家、子育て、産業振興、脱炭素。さまざまな地域に共通するどのテーマも一つの部局では完結しません。そのため多くの自治体や企業が、部局横断会議、タスクフォース、プロジェクトチームを立ち上げます。ところが、会議は開催されても、情報共有と宿題確認に終始し、具体的な判断や実験が進まない。参加者は「本務が忙しい」「権限がない」「結局は主管課が決める」と感じ、多くの場合、半年後には形骸化します。
これは意欲の問題ではありません。組織は、制度、評価、予算、会議、上司との関係、過去の成功体験が相互に作用する複雑適応系です。個人はその環境に適応して合理的に行動します。越境を評価しない人事制度の下で、失敗の説明責任だけが重ければ、職員が慎重になるのは当然です。横断チームだけを追加しても、周囲のルールが変わらなければ元の行動へ戻ります。
横断プロジェクトを止める四つの摩擦
組織横断プロジェクトは、その性質上ブレーキになる事柄が内包されています。それは大きく分けるとイカの四つにまとめられるでしょう。
- 一つ目は、テーマが広すぎることです。「地域活性化」「DX推進」のような大きな看板では、何を試せば前進なのか判断できません。
- 二つ目は、参加者が所属部局の代表者になり、探索者になれないことです。会議で発言するたびに部局見解を求められれば、新しい仮説は出にくくなります。
- 三つ目は、意思決定者との接続が遅いことです。これは、かなり致命的なポイントです。チームが数か月検討した後で管理職に報告し、予算・法務・現場運用の条件が初めて示されると、案は振り出しに戻ります。
- 四つ目は、研修と実務が分離していることです。学んだフレームを実案件で使い、結果をふりかえる機会がなければ、知識は行動様式になりません。特に「ふりかえりと意味づけ」は、行動の価値を高めも低めもする重要なプロセスです。
「創発ラボ」は小さな組織実験である
地域創発研究所が提案する「創発ラボ」では、組織全体を一度に変えようとせず、具体的な案件を使って新しい協働と意思決定を試します。案件の進展だけでなく、どの規則や関係が行動を阻んだかを記録し、実験結果を会議、権限、人事、予算の変更へ戻します。
一例として、12週間のラボのプロセスを見てみましょう。
第1週から第2週は、課題を狭く定義し、現場の利用者や職員へ聞きます。第3週から第4週は、関係部局、意思決定、情報、予算の流れを一覧できる状態にし、未検証前提や最大の不確実性を明らかにします。第5週から第8週は、対象と費用を限定した実験を行い、毎週、事実、解釈、次の行動を分けて記録します。第9週から第10週は、利用者と関係部局の反応を踏まえて第二案を試します。第11週から第12週は、継続、修正、停止の判断と、組織運用の変更を管理職へ提案します。
この期間で課題を解決する必要はありません。目的は、検討の前提を確かめ、次の予算・制度判断に必要な情報を得ることです。短い周期で現場の反応が返れば、部局横断チームは抽象的な調整会議ではなく、共同で意思決定する単位になります。
そのためにも、「創発ラボ」開始時に、チームが使える時間、接触できる相手、少額予算、対外説明、個人情報、安全上の境界を明確にしておくのが望ましいです。途中で新しい条件を後出ししない代わりに、チームは不都合な情報も早く共有します。レビューでは完成度を採点せず、何が分かり、次に何を確かめるかを判断します。
本務との両立も精神論にはしません。上司が業務量を調整し、ラボの活動を正式業務として位置づける必要があります。越境を求めながら通常業務を一切減らさない設計は、最も意欲のある職員から疲弊させます。岡山県西粟倉村での「地方創成推進班」による取り組みは、正式に兼務発令がされたために、あくまで業務の一環として取り組むことができました。
地域創発研究所が提案する「創発ラボ」は、アイデアコンテストではありません。3人から5人程度の小チームが、具体的な地域課題や業務課題を持ち、観察、仮説、実験、レビューを短い周期で回す仕組みです。重要なのは、プロジェクトの成果と同時に、組織のルールを検証することです。
私(地域創発研究所所長 松﨑光弘)は、公立施設の運営、自治体・大学の人材育成、地域起業支援などを通じ、個人研修だけでは組織は変わらないことを実務で通して実感してきました。また、当研究所の方法論の中核である複雑適応系の観点では、変革は一斉導入ではなく、局所的な相互作用が別の行動を呼び、それが新しい標準へ広がる過程であると考えます。ラボは、その最初の相互作用を意図的につくる装置なのです。
ラボがうまく機能するためには、以下の条件が整うことが望ましいです。
- 実在する案件を扱う:住民、顧客、現場職員など、結果を受け取る相手がいるテーマを選びます。
- 検証の期限を定める: 完成ではなく、判断に必要な情報を得ることを目標にします。
- 管理職を審査員ではなくコーディネーターにする:月1回、制約条件の提示、関係者への接続、権限の調整を担います。
- 失敗の上限を先に決める: 予算、対象人数、個人情報、安全面の境界を明示し、その範囲内では試行を認めます。
- 学習を組織の変更へつなぐ: 会議の頻度、決裁の段階、情報共有、人事評価など、阻害要因を一つずつ変えます。
- 提案数を競わない:成果は「提案数」ではなく、判断能力で測ります。
これらの条件の中でも、評価の問題はとても重要です。ラボの評価を新規提案数だけにすると、見栄えのよい企画を競う場になります。見るべきは、
- 仮説を言語化できたか
- 現場の反応を早く得たか
- 部局間の調整期間が短くなったか
- 停止判断を合理的に行えたか
- 次の担当者が再利用できる記録を残したか
といった、「変化にどれだけつながったか」という指標です。
エーゼログループの地域実践では、行政、事業者、起業家、地域外人材の接点を増やし、挑戦を地域内の能力へ変える中間支援が重視されています。自治体や大企業の組織変革でも同じです。外部支援者がプロジェクトを代行するのではなく、内部の人が越境し、試し、判断し、次の人を支援できるところまで役割を移す必要があります。
「創発ラボ」を始める前に
「創発ラボ」に取り組むばあいでも、相談の初期段階では完璧な課題整理は不要です。現在の会議体一覧、直近の議事録、関係部局、決裁経路、止まっている案件を持ち寄れば、どこで情報や権限が分断されているかを仮説化できます。さらに、現場職員と管理職の認識を別々に聞くことで、制度上の説明と実際の運用との差が見えます。ラボのテーマは、その差が大きく、かつ90日程度で現場反応を得られる案件から選びます。
横断会議が止まっている場合、会議運営だけを改善しても足りません。テーマ、権限、評価、管理職の関わり、実験単位を一枚の構造図に置き、どこへ小さく介入するかを選ぶことが出発点です。地域創発研究所は、既存会議の観察と関係者ヒアリングから、実案件型ラボの設計、管理職レビュー、運用の内製化まで伴走します。
自治体の組織や事業には部局の壁があります。しかし、地域の課題には壁はありません。むしろ、複数の課題が相互に関連し影響し合っています。それに対する自治体の組織も、相互に関連し影響し合うことを前提とした形と動きに変革していく必要があるのではないでしょうか。
