エーゼログループは、自然資本、社会関係資本、経済資本を循環させる「未来の里山」をビジョンとして掲げています。
これは、方向としては理解しやすいのですが、実現を目指す上での難しさは、実際の意思決定で三つが同時に増える案件ばかりではないというところにあります。
森林整備は自然資本を高めても短期収益を圧迫し、利益を優先すれば、自然資本や関係を毀損するということも起こりえます。
「三方よしは」というのは便利な言葉ですが、三方が同時に拍手する案件は案外少ないものです。
複雑適応系の経営に必要なのは、葛藤を消した物語ではなく、どの資本をいつ使い、何へ変え、どこまで一時的な減少を許すかという変換ルールです。
三つの資本は、同じ単位にも同じ速度にもならない
経済資本は金額で測りやすく、月次や年次で変化が表れます。
自然資本は森林の蓄積、生物多様性、土壌、水など、回復に数年から数十年かかります。
社会関係資本は信頼、協働経験、弱い紐帯、地域への帰属などで、蓄積は遅く、失うと回復に時間がかかるものです。
三つを一つの点数へ換算しようとすると、測りやすい経済指標が実質的に支配することになります。
それでは資本統合にはなりません。
また、資本間の変換には損失と時間差も生じます。
森林を伐採すれば経済資本へ変えられますが、再造林しても同じ自然資本がすぐ戻るわけではありません。
関係人口イベントへ資金を投じても、信頼や共同事業へすぐに育つわけではありません。
社会関係資本を無償協力として使いすぎれば、短期コストは下がっても関係が摩耗し、結果として他の資本もまとめて毀損することにもなりかねません。
したがって、資本の強化は、「三資本が増えたか」を一括で判定するより、各資本の最低水準と回復時間を把握して考える必要があります。
経済資本が一時的に減ったとしても、自然資本と将来収益の選択肢が増えるなら投資として認められるでしょう。
一方、短期的な利益が出ても回復不能な自然資本を失うなら、それは、越えてはいけない境界になります。
理念を、予算と事業判断のルールへ落とす
資本循環と統合を意識した経営を実装するには、事業提案時に少なくとも以下の四点を問う必要があります。
- 第一に、各資本に対してどのような正負の影響があるか
- 第二に、影響が現れる時期と回復期間
- 第三に、負の影響を誰が負担するか
- 第四に、事業終了後にどの資本が地域へ残るか
です。
これを文章だけでなく、仮説と観測指標にまで落とし込むことが重要です。
たとえば自然資本事業では、売上と粗利に加え、資源状態、採取上限、再生投資、モニタリングといった指標を設定します。人材事業では、採用数だけでなく、受入れ側の負荷、本人の生活、地域内の関係、終了時の知識移転を見るのも良いでしょう。公共施設では、建築費だけでなく、地域材供給能力、維持管理、人材技能を評価することでその施設の価値や意味づけが大きく変わります。
このように、事業ごとに観測項目を変えつつ、それらの循環をデザインし、資本統合のシステムを構築するのです。
資金配分にもルールが必要です。
- 短期収益事業の利益の一部を、自然資本の維持や関係形成へ回す
- 社会的意義の高い事業でも、無期限の赤字を理念で正当化せず、探索期間と損失上限を定める
といった資本間の補填を明示すれば、「良いことをしているから採算は問わない」「儲かっているから環境負荷は後で考える」という両極を避けることができます。
ポートフォリオ全体で均衡を取り、個別事業へ万能を求めない
一つの事業に三資本の最大化を求めると、評価項目が増え、現場は何を優先すべきか分からなくなります(余談ですが、以前とある組織でKPIが50個以上設定されていてのけ反ったことがあります)。
複数事業を持つ組織や地域では、ポートフォリオ全体で役割を分ける方が現実的でしょう。
安定収益を生む事業、自然資本を回復する事業、関係を広げる事業、将来の選択肢を探索する事業を区別し、相互に支えるような戦略が必要になります。
ただし、役割分担を理由に、ある事業の毀損を別事業の善行で相殺するという考え方になってはいけません。
各事業に最低限のガードレールを置き、その上でポートフォリオとして投資配分を決める必要があります。
森林を大きく毀損する事業の利益で植樹イベントを行っても、同じ場所と機能が回復するとは限離ません。
資本には代替可能な部分と、代替不可能な部分があるのですから。
四半期ごとの経営会議(会議の名前はいろいろあるでしょう)では、財務と同時に、年次の自然資本、半期の関係・能力指標を扱うことも必要になります。
時間尺度が違うため、同じ頻度で同じ精度を求めず、重要な前提が変わった場合は、事業の役割と配分を見直します。そうやって次の資源配分を適宜調整していく経営スタイルになります。
分配の問題、すなわち公正さも明示する必要があります。
地域で何らかの事業を進める際に、例えば利益を企業が得て、環境負荷を住民や将来世代が負うなら、総量として資本が増えても公正とは言えません。
地域雇用が増えても低賃金や不安定就労に偏る場合、社会関係資本が増えたと安易に判定できないでしょう。
誰が便益を受け、誰がリスクと回復費用を負担するかをオープンにした上で、可能な限り公正な事業運営ができるように考えるべきです。
自然資本には、金銭換算しない境界を置くことも必要です。
希少な生態系、飲料水源、文化的に重要な場所など、価格を付ければ利用可能になるわけではない資源があります。
経済評価は比較の補助にはなりますが、守るべき閾値を市場価格へ委ねては資本強化の土台が崩れてしまいます。
起業経営でも自治体の事業でも、専門家と地域住民の知見を組み合わせ、不可逆性が高い案件には予防原則を適用するといった工夫が求められます。
意思決定の履歴は、将来世代への説明責任
ガバナンス上は、三資本のうち一つだけを代表する部門に評価を任せないということも重要です。
財務、現場、環境、地域関係者等、さまざまな立場の人が異なる視点からレビューし、対立した判断を記録することに意味があります。
合意できないこと自体が重要な情報であり、無理に一つの総合点へ押し込めずに、対立を見える形で保持し、試行規模を小さくするか、追加調査を行うかを決めるといった意思決定こそが、その企業や地域のレジリエンスと変化への適応力を高めます。
どの資本を優先し、何を犠牲にし、いつ回復させる予定だったかという意思決定の履歴があれば、後任者や次世代の人たちが結果だけで過去を裁かず、前提を検証できるようになります。
その上で、回復期限を過ぎた負の影響は自動的に再審査し、補償、縮小、撤退を検討する問いった新たな意思決定の材料になります。
これから、地域の資本統合を意識するなら、企業と自治体の共創の際にも三資本の便益と負担を契約に記載するといったことを考えても良いでしょう。
例えば、科学技術の社会実装のような場合でも、データ、知的財産、設備、撤退後の原状回復、地域側の運営権を定め、短期の実証が長期負担を残さないようにするといったことが考えられます。
ビジネスの場合でも、経済的な成功時だけでなく、失敗時の資本配分を先に決めることが重要になります。
エーゼログループのある西粟倉村は、三資本が比較的良い循環をしてきました。
しかし、これを単なる「好循環」とだけ表現すると、現場が向き合ってきた選択の厳しさが消えます。
循環は自然には起きたものではありません。
伐採益をどこへ戻すか、外部人材との関係を誰が支えるか、赤字の実験をいつ止めるかという局所ルールの積み重ねによって起こったものです。
三つの資本を同時に増やせない場面があるからこそ、減らしてよい範囲、戻す期限、変換の受益者を合意します。
その判断規則を作り進化させることが、「未来の里山をつくる」ということなのだと、私自身は考えています。
