総合計画が動かないのは、実行力不足ではない――複雑適応系で捉え直す計画策定

自治体の計画策定を支援していると、よく聞く言葉があります。それは、「計画はできた。しかし、現場が動かない」というものです。原因として挙げられるのは、担当課の実行力不足、庁内の温度差、予算の制約、住民の関心の低さです。どれも一面では正しいでしょう。しかし、問題を個人や部局の努力不足に還元すると、研修や進捗管理を増やすだけになり、かえって現場を疲弊させます。

本当に見直すべきなのは、計画をつくる前提です。人口、産業、福祉、教育、環境、防災は互いに影響し、住民、行政、企業、地域団体はそれぞれの判断で行動します。政策を一つ動かせば、別の領域で予想外の反応が起きます。地域は、部品を交換すれば予定どおり動く機械ではなく、多数の主体が学習し、関係を変えながら適応する「複雑適応系」なのです。

計画が止まる三つの構造と「学習装置」としての計画

第一は、計画策定と実装が分業されすぎることです。外部受託者と企画部門が文章を整え、実施部門は完成後に説明を受ける。この順序では、現場が持つ暗黙知や制約が計画に入らず、実施部門にとって計画は「他者が決めた仕事」になります。

第二は、因果関係を直線で置きすぎることです。「事業を実施すれば参加者が増え、参加者が増えれば地域が活性化する」というロジックは、説明には便利です。しかし実際には、誰が誘うか、参加者同士がどう出会うか、失敗が許されるかといった関係の条件が結果を左右します

第三は、変更を失敗とみなすことです。年度当初の工程を守ることが目的化すると、新しい情報が得られても軌道修正できません。複雑な課題では、最初の仮説が外れるのは異常ではなく、学習の入口です。

計画を実装へつなぐには、策定時に答えを固定するのではなく、実施を通じて前提を確かめ、関係者が判断を更新する仕組みを組み込みます。計画書、実施計画、会議、評価を別々に設計せず、一つの学習循環として扱うことが出発点です。

計画本文には、目標と基本方針を置きます。実施計画やアクションプランには、仮説、実験、レビュー日、継続・修正・停止の条件を置きます。議会や住民への説明も、「予定どおり実施したか」だけでなく、「何が分かり、なぜ配分を変えたか」を示します。変更の根拠を公開できれば、適応と説明責任は両立します。

策定支援の仕様書で確認すべきこと

もし、外部委託を行う場合、冊子、会議回数、アンケート件数だけを成果物にすると、受託者は文書作成に最適化した行動をとります。それでは、地域の中の資源とそれらの関係性が十分に見えてこないため、それぞれの施策の相互作用がまったく見えなくなってしまいます。これを避けるには、例えば、現状のシステムマップ、関係者の変化仮説、PoC(可能性試験)の記録、庁内レビューの運営手順、職員が再利用できる分析様式といったことを成果物へ含めます。また、受託者が会議を代行する期間と、職員へ役割を移す時期を明示することも重要です。

策定過程そのものを、職員と住民が政策形成を学ぶ実案件に変えれば、完成後の実装力が同時に育ちます。計画書の納品日をゴールにせず、初年度の運用を自力で更新できることを検収条件にする発想が必要です。実際に、鹿児島県の錦江町で総合戦略と総合進行計画の策定に関わる機会を得られたときにはこの点に最も意識を向けました(ただし、その分アウトプットが少々薄くなってしまったのは、大いに反省するところではあります)。

私(地域創発研究所所長の松﨑光弘)は、複雑適応系を地域システム変革へ応用し、調査、制度設計、実践支援、効果測定を分断しない伴走を重ねてきました。その立場から見ると、計画の価値は将来を正確に予測することではなく、関係者が同じ現実を観察し、仮説を持ち、小さく試し、判断を更新できる状態をつくることにあります。

設計を変えるポイントは五つです。

  1. 目標だけでなく仮説を書く:何をすれば、誰の行動や関係が、なぜ変わると考えるのかを明示します。
  2. 施策一覧より相互作用を描く:部局、住民、事業者、学校、金融機関などの接点と情報の流れを可視化します。
  3. 年次評価の前に短い実験を置く:60日から90日で確認できる行動変化を設定し、予算化前にも検証します。
  4. 成果と同時に学習を記録する:想定外の反応、止まった理由、役割の変化を次年度の資産にします。
  5. 外部支援の仕事を地域へ移す:ファシリテーション、分析、評価を職員や地域の中間支援者が担えるようにします。

エーゼログループが関わってきた西粟倉村などの実践では、長期構想だけが変化を生んだのではありません。職員が実案件を扱う学びの場、地域外の挑戦者との接点、中間支援、事業を地域側へ移していく動きが重なり、次の挑戦が生まれる環境が育っています。他地域に展開できるのは個別施策ではなく、観察、相互作用、選択、学習を回す条件です。

適応的な運用へ

では、具体的にどういうことをすればよいのでしょうか?

計画通りの進捗を管理するだけではなく、状況に応じて活動や戦略そのものを変更していく「適応的な運用」に全面的に移行するというのは、多くの自治体にとってかなり無理のあることです。それは、これまでの仕事の進め方や組織文化とのギャップが大きすぎるからです。

そこで、普通の自治体で取り組めることを少しまとめてみると、次のような流れになると思います。

  1. まず重点テーマを一つ選び、関係者10人前後への短い聞き取りを行う。
  2. 現行施策と意思決定経路を可視化する
  3. 二つか三つの実験仮説を持って検証のための活動を進める
  4. 定期レビューで、活動量だけではなく、「新しい主体が参加したか」「部局間の判断が早くなったか」「住民の語りが施策案に変換されたか」といった変化を確認する

適応的な運用では、変更理由を説明する語彙が必要です。年度当初との差だけでなく、現場で得た事実、影響を受ける主体、代替案、継続しない場合の損失を示します。目標を放棄したのではなく、目標へ至る仮説を更新したと説明できれば、変更は一貫性の欠如ではなく、学習に基づく責任ある判断になります

公開資料には、成功した施策だけでなく、停止した試行と得られた知見も短く残します。これにより、担当者が替わっても同じ検討を繰り返さず、住民や議会も計画を静的な約束ではなく、共同で更新する動的な判断基盤として捉えられます

計画が動かないとき、必要なのはさらに精密な計画書ではなく、変化を感知して修正できる運用です。

地域創発研究所は、ここに示したような考え方を基盤として、既存計画、会議体、事業評価、関係者の語りを持ち寄る初期診断から、実装可能な学習サイクルを共同設計しています。

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課題がまだ整理されていなくても構いません。現状を伺い、地域システムの見立てと、最初の小さな一歩を一緒に設計します。