地域の起業家育成では、学ぶ場と選考の場が一体になりやすいものです。
エーゼログループが取り組んできたローカルベンチャースクール(以下LVS)でも、合宿で事業案を磨き、そのまま最終日に一次審査を実施し、後日最終審査を行うという形で地域おこし協力隊や補助制度の採択者を決めてきました。
これは運営側にとっては、参加者の人柄と計画を数日間見られるため効果的なフィードバックを提供でき事業計画のブラッシュアップを進められるという点でとても効率がよいものです。
しかし、効率のよさと探索の深さは同じではありません。
厚真町ローカルベンチャースクールは、2025年度からは、スクールを町内外、年齢を問わず参加できる事業・活動のブラッシュアップの場として開き、制度利用を希望する人だけが後日のローカルベンチャー選考会へ進む形式に変更しました。
育成と選考を切り離したのです。
これは単なる日程変更ではありません。
挑戦者が何を話せるか、地域が誰と出会えるか、制度がどの段階の人を扱えるかを変える境界設計なのです。
評価される場では、探索できる範囲が狭くなる
選考を意識した参加者は、まだ確かめていない仮説より、審査者に説明しやすい計画を提出しがちです。
弱みや迷いを隠し、地域への貢献を大きく語り、三年後の売上を小数点まで置きます。
メンター陣からのフィードバックを受ける中で、評価される人間は、ときどき急に未来が見えるようになります。もちろん、本当に見えているとは限りません。
起業初期に必要なのは、立派な計画の提示より、本人がなぜ取り組むのか、どの顧客課題に反応しているのか、何をまだ知らないのかを明らかにすることです。
複雑適応系では、事業案は完成品ではなく、本人、顧客、地域資源、制度、競合との相互作用によって更新される仮説です。
ところが、育成の場が同時に審査の場であると、参加者は「分からない」を表明しにくくなります。
学習の材料が、選考上の減点材料に見えるからです。
運営側にも副作用があります。メンターが対話によって本人の動機を掘り下げようとしても、審査者の顔が前に出れば、助言が採点のヒントに聞こえてしまいます。
参加者同士も、協力相手ではなく枠を争う競争相手になりがちです。
表面上は熱気のある合宿でも、探索空間は案外狭くなってしまうのです。
厚真町がスクールを「一歩を踏み出せる状態をつくる場」、選考会を「町の制度を使うか判断する場」と分けたことには、目的関数を分離する意味があります。
前者は学習量と選択肢を増やします。後者は公費を投入する責任と実行可能性を確認します。
一つの場で二つを最大化しようとすると、だいたい両方が中途半端になります。
入口を広げ、制度利用は後から選べるようにする
2025年度以降のスクールは、町内在住者、移住希望者、移住を伴わない人も参加でき、年齢制限も設定していません。
厚真町を活動の中心とする挑戦であれば、起業だけでなく、新規事業、六次産業化、まだ具体化していない構想も入口に立てます。
一方、起業型・協働型地域おこし協力隊を使う場合は、それぞれの制度要件を満たし、別の選考へ進みます。
ここで重要なのは、「参加資格を緩めた」ことだけではありません。
挑戦への参加と、公的制度への採択を別の選択肢にした点です。
スクールに参加した結果、制度を使わず小さく試す人がいてもよいです。
町内事業者と組む人、今は着手しない人、別の地域で応用する人がいても、対話で得られた知識や関係は残ります。
協力隊への採択者数だけを成果とすれば落選者と辞退者はゼロになりますが、そういう人たちも地域システムから見れば、将来の協働相手や応援者になり得ます。
入口が広がると、地域側が観測できる「挑戦の分布」も変わります。
従来は、移住と起業と協力隊への応募を同時に決断できる人しか見えませんでした。
分離後は、町内の農家、子育て中の人、副業で関わる人、構想が曖昧な人も現れます。
政策は、応募者の不足を嘆く前に、自らが見える人の範囲を狭めていないかを疑う必要があります。
また、参加者の自己選択も働きます。メンタリングと現地での相互作用を経て、自分の構想が厚真町の条件に合うか、制度を使う覚悟があるかを本人が判断できます。
これは行政が適合性を一方的に判定するより、ミスマッチを早い段階で減らします。
採択しないことも大切ですが、無理に応募しないという判断ができることも同じくらい大切なのです。
分離した後こそ、接続の設計が必要になる
育成と選考を分ければ自動的にうまくいくというわけではありません。
分離が強すぎると、楽しい研修で終わり、制度や実証へ進みません。
逆に、選考会への誘導が強すぎれば、名目だけ分けた旧構造に戻ります。
必要なのは、両者を混ぜずに接続する導線であり、厚真町では、以下のように導線設計をしました。
第一に、スクールの終了時に一つの出口へ集約しないことにしました。
選考会、小規模な実証、町内事業者との協働、相談継続、いったん保留という複数の経路を提示します。
第二に、メンタリング記録を審査資料へそのまま流さないことにしました。
安心して語った迷いや個人事情が、本人の同意なく評価情報になると、次年度から誰も本音を話さなくなります。
学習情報と選考情報の境界を決める必要があルのです。
第三に、スクールと選考で評価指標を変えました。
スクールでは、仮説が増えたか、未検証の前提がはっきりしたか、顧客や地域との接点ができるか、次の小さな行動が明確になったかといったことを意識します。
ここでは、「できた、できていない」を測る総括的評価ではなく、どうすればより良い行動に変化できるかという「形成的評価」をメンタリングという形で提供しています。
選考では、公費投入の妥当性、活動拠点、資金計画、実行体制、リスク管理を確認します。
人の魅力を点数化しすぎず、制度との適合を判定します。
第四に、採択されなかった人との関係を切らないようにしています。
一定期間後の再相談、IPPOカフェなど低い敷居の場、事業者紹介、他制度への接続を用意します。
地域の挑戦生態系は、採択者の名簿ではなく、試して戻れる経路の多さで強くなります。
企業のアクセラレーターや自治体の人材公募でも同様ではないでしょうか。
研修参加者をその場で投資・採用・委託の対象として評価すると、場は急速に整うが、未知の可能性は出にくいものです。
育成と選考を分けるとは、甘くすることではありません。
探索には探索の厳しさを、資源配分には資源配分の厳しさを持たせることが重要であり、運営側はその設計に力をそそぐ必要があるのです。
加えて、分離の効果は採択者の質だけでなく、参加者の行動分布で検証すべきです。
スクール前後で、仮説の数、顧客との対話、地域内の紹介、制度を使わない試行がどう変わったかを追跡します。
また、選考会へ進まなかった人を「脱落」と数えるのではなく、なぜ別の経路を選んだかを匿名で把握します。
そこから、制度側が狭すぎたのか、本人の準備が整っていなかったのか、地域との適合が低かったのかを区別できます。
厚真町の変更が示すのは、優れた挑戦者を見つける以前に、挑戦者が自分の可能性を見つけられる環境を設計せよ、ということです。
選ぶ前にちゃんと育つ機会を提供し、育てるふりをして選ぶようなまねはしません。
その境界を明示することが、応募者の母集団と行政への信頼を同時に広げるのです。
