地域メディアをつくると、まず町外への発信が期待されます。観光客、移住者、関係人口、採用候補へ魅力を届けます。もちろん必要です。しかし、人口の小さな地域ほど、町内の人が町内の挑戦を知らないことがあります。隣の集落で新しい事業が始まり、役場に支援制度があり、若者が面白い仕事をしていても、情報は関係者の周辺で止まります。
錦江町は2023年度から重点ベンチャー支援事業を進め、エーゼログループの協力でウェブサイトと冊子「錦江帖」を制作しました。ウェブには事業者インタビューに加え、多様な「おしごと情報」を掲載します。冊子は町内全世帯へ配布し、小学5年生から中学生にも学校を通じて届けました。
全戸配布は、到達数を増やす広報手法に見えます。
しかし、町内の挑戦を世代と立場を越えた共通知に変える情報インフラとして捉えると、設計すべきものが変わります。
地域内部の情報不足は、挑戦の孤立を生む
挑戦者は、顧客や資金だけでなく、地域内の理解者を必要とします。
土地を紹介する人、最初に買う人、仕事を手伝う人、制度を教える人、失敗しても挨拶を続ける人です。
ところが、情報がSNSのフォロワーや業界内でしか流れなければ、応援者になりうる地域の人が挑戦の存在を知らないという事態が生じがちです。
地域の適応力は、要素の多さより接続可能性に左右されます。
事業者、住民、子ども、行政、町外者が互いの活動を認識すれば、必要なときに関係をつくれます。
共通知とは、全員が詳細を知っている状態ではありません。
「あのテーマなら、あの人が動いている」と思い出せる程度の共有がよいです。
錦江帖が事業者の人物像と仕事情報を扱う意味はここにあります。
商品や観光地だけを紹介すると、読者は消費者に固定されます。
なぜ始めたか、どんな困りごとがあるか、どんな仕事や仲間を求めているかが見えれば、読者は顧客、応募者、協力者、紹介者へ役割を変えられます。
冊子を全世帯へ届けることは、デジタルで情報を取りに来ない人にも接点をつくります。
さらに小学5年生から中学生へ配ることで、地域の仕事を「将来出ていく前に知る教材」にできます。
子どもが記事を読み、家庭で話せば、冊子は世代間の媒介になります。
就職説明会の年になって初めて地元企業を紹介しても実はあまり意味はなく、地域の選択肢は、進路決定より前から視野に入っている必要があります(子供達の将来を地域に縛り付けるための取り組みではありません)。
ただし、全戸配布しただけで読まれるとは限りません。
郵便受けへの到達と、認知の到達は別です。紙は万能ではありません。
しかし、検索しない人へ同じ時期に同じ話題を置ける点で、地域内部の共通知をつくる力があります。
広報物ではなく、情報の循環装置として運営する
地域メディアが単年度の制作事業で終わると、創刊号の熱量だけが高く、その後の更新が止まル・・・などということがよく起こります。
継続には、取材対象を探し、編集し、公開し、反応を現場へ返す循環が必要です。
そのためには何が必要でしょうか。
第一に、掲載対象を「すでに成功した人」に限定しないことです。
新規事業、事業承継、複業、地域活動、募集、困りごと、休止や方向転換も扱います。
完成した物語ばかり載せると、挑戦は特別な人のものに見えます。
途中の試行錯誤を、本人の不利益にならない範囲で伝える方が、読者は参加点を見つけやすくなります。
第二に、記事公開後の反応を取材先へ返しすことです。
問い合わせ、応募、紹介、住民の声、学校での感想を記録し、「何が伝わり、何が誤解されたか」を次の編集へ使います。
メディアは情報を外へ出すだけの装置ではなく、地域の反応を事業者へ戻すセンサーになります。
第三に、ウェブと冊子を別媒体として競わせないことです。
ウェブは更新、検索、詳細、町外への拡散に向きます。
冊子は全戸到達、保存、家庭内共有に向きます。
冊子からウェブの続編へ、ウェブから地域のイベントや仕事応募へというふうに、相互に接続します。
媒体の役割を分けることで、同じ原稿を二回載せる以上の価値が生まれます。
第四に、行政広報との境界を明確にすることです。
行政が発行主体であれば、正確性と公平性が求められます。
一方、全事業者を同じ字数で載せるだけでは、読まれる記事になりません。
編集上の選定基準、取材同意、訂正、広告・募集情報の扱いを公開し、行政の宣伝紙にも、特定事業者のPR紙にもならないようにします。
軽妙さも必要ですが、面白くするために人物を記号化してはいけません。
「変わった移住者」「熱い若者」といった型へ押し込むと、本人の複雑さが消え、地域内ではかえって距離が生まれます。
読者に近づける文章と、本人を軽く扱う文章は別物です。
読まれた先に、参加できる導線を置く
錦江帖で今後取り組んでいきたいのは、記事を読んだ人が、その先の参加や協力へ進める仕組みづくりです。
ただし、以下に述べる参加の導線づくり、学習活動への展開、成果を把握・評価する仕組みは、現時点の錦江帖ではまだ実装できていません。ここからは、実施済みの取り組みではなく、今後実現していきたい方向性として述べます。
情報発信を相談や事業につなげるために、記事を読んだ後に選べる行動を、具体的に示していきたいと考えています。
買う、働く、見学する、相談する、場所を貸す、技術を提供する、イベントへ行く、といった関わり方です。
抽象的な「応援してください」という呼び掛けにとどまらず、関心を持った人が、自分に合った関わり方を見つけられる入口を設けることが目標です。子ども向けには、感想文で終わらず、取材体験、職場訪問、地域の仕事を題材にした授業へ広げられます。
例えば、事業者の記事と「おしごと情報」を結び付け、求人だけでなく、短期の手伝い、複業、職場見学、事業承継に関する相談など、関わり方や負担の異なる入口へつなげていくことを構想しています。
全員に移住や就職を求めるのではなく、町外の専門家が月に数時間関わるような、小さな参加の機会も考えられます。
事業者が求める協力や受入れに必要な体制を確かめながら、地域の挑戦と、それに関わりたい人をつなぐ機能を、情報発信の先に育てていきたいのです。
成果の捉え方も、これからの課題です。
PVと配布部数に加えて、記事をきっかけとした問い合わせ、求人応募、町内取引、取材先同士の連携、学校での活用などが生まれたかを確かめられるようにしたいと考えています。
誰が読んだかを過度に追跡するのではなく、関係者の同意とプライバシーに配慮しながら、参加や協力につながった接点を把握し、次の編集へ生かす仕組みを検討していきたいと考えています。
編集上の評価についても、閲覧の多さと、参加や協働につながったかどうかを分けて捉えたいところです。
広く読まれる記事だけでなく、少数の人に深く届き、具体的な関わりのきっかけになる記事も大切にする。そのための評価のあり方を考えていく必要があります。
人気だけを基準にせず、地域にとって重要でありながら目立ちにくい課題も扱い続けられる運営を目指したいと考えています。
「錦江帖」を通じて目指したいのは、町外へ錦江町を紹介することだけではありません。
町内の人が、自分たちの周りで何が始まり、どのように関われるのかを知り、実際の一歩を踏み出せるようになることです。
全戸配布によって生まれた接点を土台に、地域の挑戦を知ることから、参加や協力へとつなげていく。そのための仕組みは、これから形にしていく課題です。
地域の挑戦は、知られなければ孤立してしまうことがあります。
しかし、知られるだけで、次の関わりが生まれるとは限りません。
知ることから、関わることへ。錦江帖を、その一歩を支えるメディアに育てていきたいと考えています。
