地域で新しい事業が動き始め、仕事が生まれ、暮らしが少し便利になる。それは、地域に関わる人たちの努力が実を結んだ成果です。
ただ、その先にもう一つ、考えておきたいことがあります。
事業を支えてきた人がいなくなったとき、市場や気候、人口構成などの条件が変わったとき、その地域は次の方法を「自ら」選ぶことができるでしょうか。これまでの仕組みを維持するのか、改善するのか、それとも別の仕組みに変えるのか・・・その判断を、誰が、どのように行えるのでしょうか。
一つの事業を成功させることと、地域が次の変化に対応できることは同じではありません。
私は、地域が自らの在り方を、将来にわたって自ら決め、実行できることを大切にしたいと考えています。それは「地域のトランジション能力(Regional Transition Capability)」とでも呼ぶべきものかなと思っています。ただし、これは確立された学術的概念として提示するのではなく、地域を複雑適応系として捉え、創発的戦略、適応的マネジメント、ダイナミック・ケイパビリティ、レジリエンスの考え方を手がかりに組み立てた、私なりの作業仮説です(このあたりをまとめた本を書きたい・・・)。
地域は、計画だけで変わるわけではない
地域には、住民、事業者、行政、金融機関、教育機関など、異なる目的と判断基準を持つ人や組織が存在しています。それぞれが周囲の動きを見て行動を変え、その行動が別の人の判断に影響します。
たとえば、ある商店の小さな取組が、別の事業者との協力につながることがあります。反対に、一つの企業の撤退が、雇用だけでなく交通や生活サービスにまで影響することもあります。変化の大きさは、投入した資金や人員の規模に影響を受けますが、必ずしもそれだけで決まるものでもありません。こうした、主体の相互作用によって全体の状態が変わり、変わった状態がまた主体の行動に影響する地域の姿は、複雑適応系として捉えることができます。
複雑適応系では、多様な主体の相互作用によって、個々の行動からは予想できなかった変化が生じることがあります。そのため、施策や事業が地域全体にどのような影響をもたらすかを、事前に正確に予測することは容易ではありません。だからといって、計画が無意味になるわけでもありません。目標を定め、実現に向けた仮説を立て、必要な資源と責任を明確にすることは重要です。ただし、最初に立てた計画を忠実に実行するだけでは、期待した成果につながるとは限らないということです。
そこで重要になるのが、地域で実際に起きていることを継続的に観測し、得られた知見を次の判断と行動に反映させていく適応的マネジメントの手法です。
事業の進捗だけでなく、住民や事業者の行動、関係性の変化、予期しなかった効果や問題も確かめます。そして、その結果をもとに取組の方法や資源配分を見直し、再び結果を確かめるというやり方が重要になります。ただ、地域の変化には外部環境も影響するため、事業の効果と即断せず、その要因を検討することもあるので、実のところ少々面倒です。
重要なのは、計画を立てて実行することに加え、実際に起きていることから学び、次の行動をより適切なものへと更新し続けることです。地域のマネジメントには、あらかじめ定めた目標に向けて事業を進めるだけでなく、実践と観測を繰り返しながら、より良い成果につながる方法を見出していく役割があると考えています。
守るべきものは、従来の仕組みだけではない
少し視点をずらして、地域のレジリエンスについて考えてみます。そこで、まず問い直したいのは「何が元に戻ればよいのか」ということです。
例えば、路線バスの維持が難しくなった地域では、従来の便数や路線を守ることが、住民の暮らしを支えるための重要な対応になる場合があります。しかし、運転手や利用者の減少が続くなら、同じ仕組みを維持することだけでは、やがて限界に直面するでしょう。
ここで守りたいのは、路線バスという手段そのものではなく、必要なときに移動でき、生活に必要なサービスへアクセスできる機能のはずです。さらに言えば、機能を「目的地まで運ぶこと」とだけ捉えるのも不十分です。移動の自由、外出の機会、他者との交流など、利用する人によって大切な価値は異なります。何を守るべきかは、実際に暮らす人たちの立場から確かめる必要があります。
レジリエンスは、単に元の状態へ戻ることだけではありません。災害のような急激な変化だけでなく、人口減少や産業構造の変化のように、長い時間をかけて進む変化にも目を向ける必要があります。重要な機能を維持・回復し、ときには実現方法を変えることも含めて考えられます。変えずに守ることと、変えることで守ることの両方があり得るのだと思います。
変化を捉え、選び、組み替える
では、地域が必要に応じて仕組みを変えるには、何が必要でしょうか。
ここで手がかりになるのが、経営学でいうダイナミック・ケイパビリティという考え方です。環境の変化を捉え、対応の機会や必要性を見極め、資源や組織のあり方を組み替える能力を考える視点です。いうまでもなく、これは組織の能力に関する考え方ですので、そのまま地域に当てはめられるものではありません。それでも、いくつかの示唆は得られます。
地域に置き換えるなら、以下のような流れになるでしょう。
1. 変化を捉えること:統計や事業報告だけでなく、住民や事業者の行動、困り事、関係の変化を確かめます。
2. 選択肢を見つけ、試し、選ぶこと:一つの解決策を最初から決め打ちせず、異なる主体が持つ資源や知識を組み合わせ、実行可能性を確かめます。
3. 必要な仕組みを組み替えること:事業の担い手、費用負担、契約、権限、資源配分まで見直し、実際に運営できる形にします。新しい事業を始めるだけでなく、役割を終えつつある仕組みを段階的に縮小・終了する判断も、ここに含まれます。
ただし、先にも書いたように企業と地域は同じではありません。地域には全体を一つの意思で動かす経営者はおらず、それぞれの主体が異なる目的と権限を持っています。だから、この能力を一つの組織に帰属させることはできません。
地域のトランジション能力は、個々の主体の能力の単純な合計ではなく、主体同士の関係を通じて判断と行動が可能になる、集合的な能力として捉えたいところです。もっとも、そのような能力が実際にどのように形成されるかは、今後確かめるべき課題です。
また、変化を捉えることと、実際に仕組みを変更できることは別です。よい提案があっても、予算、権限、取引関係などの条件が整わなければ実行には至りません。能力を考える際には、発想の豊かさだけでなく、判断を具体的な行動につなげる条件も含めたいところです。
計画になかった可能性を、見逃さない
地域の変化は、最初に描いた計画からだけ生まれるわけではありません。
例えば、商店が始めた商品の配達が、高齢者の困り事を知る機会となり、福祉関係者との協力につながる。やがて、当初は想定していなかった生活支援の取組へ発展する・・・などといったことは十分に起こりえます。
一つひとつは目の前の課題への対応でも、行動が積み重なり、一定の方向性を持つようになれば、結果として新しい戦略が形づくられている場合があります。創発的戦略を考える意味は、こうした動きを、最初の計画にないという理由だけで見落とさないことにあります。
ただし、予想外の活動が生じたとしても、それが直ちに地域の戦略になるわけではありません。実際の行動にどのようなパターンが現れているかを見極め、それが誰に利益や負担をもたらすのかを確かめる必要があります。後から振り返って初めて見える方向性もあるでしょう。それを見つけた後に、何を育て、何を抑制し、どのような制度や事業に結びつけるかは、改めて判断しなければなりません。
なぜなら、新しい協力関係が、別の人を排除することもあり、一度成功した仕組みが、かえって次の選択肢を狭めることもあるからです。創発する変化は、常に望ましいとは限りません。だからこそ、計画して実行することと、実践から生まれた可能性を見極めて判断を更新することを両立させる必要があり、その役割を果たす機能を持つ必要があると考えています。私自身は、それを地域の中間支援組織に求めたいと考えていますが、それぞれの組織の目的に合っているのか、負担の大きさはうけとめられるれべるのものなのか、十分に検討する必要があるように感じます。
一度目の転換が、二度目の転換を支えられるか
ここで一旦実務的な内容に話を戻しましょう。あらためて、仮想例として路線バスの問題を考えてみます。こういったことが順調に進むことなどはほとんどないということは重々承知した上での仮想例です。
路線の維持が難しくなった地域で、住民、交通事業者、商店、医療機関、行政が、それぞれの活動を持ち寄ったとします。商品の配達、通院日の調整、予約型の移動サービス、既存の路線を組み合わせることで、従来とは異なる方法で暮らしを支えられる可能性が見えてきます。
もちろん、誰もが予約できるとは限らず、運行には法令や安全上の条件があります。利用者への影響や、実施する主体の費用負担を確かめながら、小さく試し、必要な手続きを経て運営に移すようにしたとしましょう。
ここでは単にサービスの手段を変えただけではありません。課題を「路線の維持」から「暮らしに必要な移動とサービスへのアクセス」へ捉え直し、担い手の役割や事業の組合せを変えています。既存の枠組みの中で対応方法を調整する「適応」にとどまらず、役割分担や運営ルール、資源配分といった構造まで組み替える「トランジション(転換)」として考えられる変化です。小さな適応の積み重ねが、結果として構造的な転換につながることもあります。
さて、ここからが問題です。
数年後に交通事業者が撤退し、医療機関の体制も変わったとしたらどうでしょうか。最初に生み出した仕組みだけが残っていても、再び行き詰まるかもしれません(実際、ほぼ間違いなく行き詰まるでしょう)。
しかし、利用者の困り事を把握する方法、異なる主体が話し合う関係、試行の記録、契約や制度を扱う経験が残っていれば、次の方法を考え直すことができます。たとえば、広域での共同運営に切り替えるといった提案が出てくるかもしれません。
一度目の事業が続いていることと、条件が変わったときに次の方法を自ら選べることは、別の問題です。ここで残したいのは、前回の方法を再現する力だけではありません。次の担い手が、前回とは異なる条件の下で、自分たちの進路を選び直せることです。
誰が、変化を支えるのか
地域の能力を集合的なものとして考えるなら、それを誰が担うかという問いは避けられません。
行政には予算や制度上の判断があります。事業者には、サービスを運営し、投資や雇用を判断する役割があります。住民や地域団体には、暮らしの実情を示し、新しい活動を始める力があります。そのどれか一つが、地域全体の意思を代表するというわけではありません。
ここで、先にも述べた中間支援組織が果たせる役割があります。異なる主体の間に立って情報や経験をつなぎ、現場の小さな変化を見つけ、試行や正式な判断へとつなげることです。
ただし、中間支援組織が地域の変化を指揮するわけではありません。いわゆるオーケストレーターの役割を担わせるのは、中間支援機能から逸脱するでしょう。その働きは複数の主体が分担するなどして、特定の支援者に依存し続けないようにするのが望ましいと思います。
重要なのは、どの組織が地域の変化を主導するかよりも、地域に関わる人々が、自分たちの判断を他者に委ねきらずにいられるかということです。
支援を受けることと、判断を預けることは同じではありません。提案の意味を理解し、自分たちの考えと違えば選び直せる。その余地を、現在の担い手だけでなく、次の担い手にも残しておきたいと思います。
もっとも、「地域が決める」といっても、当然ながら地域には一つの意見しかないわけではありません。会議に参加しにくい人や、変更によって不利益を受ける人の声をどう扱うか。正式な権限を持つ主体が、異議と負担を確認しながら決定し、その理由を説明できることが必要です。自律性を、一部の有力者だけで決めることと混同してはならないと思います。ここを乗り越えるのが、実は多くの地域でハードルになるのかもしれないなというのは、私の肌感覚としてあったりします。
また、新しい試行を増やすだけでなく、日々の仕事を担う人の時間と費用、移行時の負担、後任への引継ぎも考えなければなりません。変化のための取組が、今の暮らしを支える仕事を損なっては本末転倒です。
KPIだけでは見えない能力を、どう確かめるか
事業の売上、雇用、利用者数などのKPIは必要です。実際の成果や不利益、費用を確かめずに「地域の能力が育った」と説明することはできません。しかし、その限界も十分に意識しておく必要尾があります。
また路線バスの例で話を進めます。たとえば、新しいモビリティのしくみに同じ利用者数(割合でもかまいません、仮想例ですので)を維持した二つの地域があったとします。数字上同じ結果になったとしても内実は大きく異なるかもしれません。一方では特定の担当者が無理を重ね、もう一方では複数の主体が役割を見直しながら運営しているというようなことがあれば、現在の(見た目上の)成果が同じでも、次の条件変化に対応できるかどうかは大きく異なる可能性があります。
そこで、成果の指標に加えて、誰の行動や関係が、どのように変わったかを記述する評価が必要になります。
例えば、以前にはなかった選択肢を誰が提案したか。異なる主体が実際に何を決め、どの資源を動かしたか。予想外の問題を受けて、計画をどう修正したか。前の事業の経験を、次の判断にどう使ったか。担当者が替わっても同じ働きを続けられたか。
こうした記録は、会議の回数や参加者数といった、いわゆる客観指標だけでは分からない、地域の変化の過程を捉える手がかりになります。さらに、協力関係が増えただけで能力が向上したとは言えません。実際の判断と行動が変わったかまで確認する必要があります。
また、地域の状態を時間の経過に沿って追うことにも意味があります。所得や雇用、サービスの利用状況などとともに、主体間の関係や資源配分の変化を確かめれば、地域がどのような経路をたどったかを考えられます。ただし、変化の軌跡を描くだけで原因が分かるわけではなく、外部環境の変化も含めた検証が必要です。
今回の事業で成果が得られたとしても、それだけで、次の課題にも対応できるとは言えません。成功を支えた人や条件が変わることを考えれば、いまの成果と、将来の選択を可能にする力は、分けて捉えたいところです。私が確かめたいのは、前回とは異なる人たちが、前回とは異なる条件の下で、自分たちなりの判断をできるかということです。前任者の結論を引き継ぐことと、自分たちで結論を出せることは同じではありません。
地域のトランジション能力を考える出発点を、この違いに置きたいと思います。
次の担い手が、自分たちで選べる条件を残す
地域のトランジション能力とは、常に新しい事業を生み出す力でも、変化の速度を上げる力でもありません。
従来の方法を維持することが適切な場合もあります。改善で足りる場合もあれば、活動を縮小し、別の仕組みに転換する必要が生じる場合もあるでしょう。
重要なのは、過去の成功や既存の制度に縛られ、他の選択肢を考えられなくなるという状態を脱することです。何を守り、何を変えるかという判断を、地域の人々自身が必要な支援を得ながら行えることだと思います。
そのために残したいのは、完成した事業だけではありません。状況を捉え直す力、異なる主体が協力できる関係、試すための余地、判断の根拠と経験、そして必要に応じて資源を組み替えるための実務です。
私は、地域のトランジション能力を、次のように考えてみたいと思います。
地域を構成する多様な主体が、環境と地域自身の変化を捉え、相互作用を通じて選択肢を生み出し、暮らしを支える重要な機能を維持・更新するために、必要に応じて活動、関係、制度、資源配分を主体的に組み替え、その経験を次の判断と行動に使える集合的な能力。
一つの事業が成功したとき、その成果だけでなく、地域の人々が何をできるようになったかを確かめたいと思います。いまの担い手が選んだ方法を残すことと、次の担い手が自分たちで方法を選べるようにすることは、同じではありません。地域に残したいのは、こうした選択を支える条件です。
一度変わった地域ではなく、必要なときに、自らの意思で何度でも進路を選び直せる地域へ。
今進めている取組を通じて、地域に何を残すのか。地域に関わる一人として、この問いを持ち続けたいと思います。
