失敗の上限を先に決める――行政が安全に実験を許す設計

行政事業には、税金を使う以上、失敗してはならないという圧力があります。
その結果、採択前に詳細な計画と確実な成果を求め、実施後は計画どおり進んだかを評価します。
しかし、人口減少対策、森林管理、地域交通、起業支援のように、多数の主体が反応し合う課題では、施策の効果を事前に確定できません。
計画精度を上げるほど不確実性が消えるわけではなく、未知の反応を見えなくすることさえあります。

失敗ゼロを掲げると、実験もゼロになりがちです。
行政が無謀さを避けながら探索を続けるには、失敗を禁止するより、損失の上限を先に決める方がよいです。

複雑適応系への介入では、「失敗しない大規模施策」より「失敗しても致命傷にならない小規模実験」を複数行う考え方が有効です。
これは失敗を称賛する話ではありません。
損失の上限を先に定め、早く信号を取り、悪影響が拡大する前に止める設計です。
西粟倉で多様な事業が生まれてきた背景にも、完成した正解を導入するより、現場で試して次の選択をつくる姿勢があったと捉えらています。

成功確率ではなく、失敗したときの影響範囲から実験を設計する

安全とは、何も起きないことではありません。
起きても致命傷にならず、何が起きたかを次へ返せることです。

通常の事業審査は、成功の蓋然性、実施体制、費用対効果を問います。
それももちろん必要ですが、未知性が高い案件では、もっと重要な問いがあります。

それは

  • 外れた場合、誰にどの程度の損失が出るか
  • 元に戻せるか
  • 途中で異常を検知できるか

です。これらが管理できれば、成功確率が不明でも試す余地が生まれます。

安全に失敗できる実験は、規模が小さいというだけでは条件を満たしません。
期間、予算、対象人数、地理範囲、データ利用、不可逆な設備投資等、その事業に応じた条件を限定します。
参加者の同意、退出方法、苦情窓口、停止権限も定めておくのが良いでしょう。

たとえば新しい移動サービスなら、全域導入の前に限定地区と時間帯で試し、利用、安全、既存交通への影響を観測します。
森林施業なら、異なる方法を小区画で比較し、生態・費用・作業安全の信号を得ます。

ここで重要なのは、一つの実験に政策全体の期待を背負わせないことです。
互いに異なる仮説を持つ複数の小さな試みを並行させます。
似た案を競わせるのではなく、対象、方法、主体構成を意図的に変え、どの条件で反応が起きるかを学びます。
成功したものは段階的に増幅し、有害なものは停止し、判断不能なものは観測方法を変えます。
予算を一括交付ではなく段階投入にすれば、この適応がしやすいです。

「計画どおり」を監査する仕組みから、信号を読む仕組みへ

実験型事業でも、評価様式が従来のままでは、実施者は当初計画の正しさを演じます。
想定外を報告すると能力不足と見なされるからです。
すると、都合の悪い情報は遅れ、行政は拡大や停止の判断を誤ります。
必要なのは、計画からの逸脱を問題にするのではなく、逸脱の理由と対応を監査可能にすることです。

報告では、実施件数に加え、当初の前提、観測された反応、反証された仮説、次の変更を記録します。
悪いニュースが早く上がるほど評価される規則を明示し、重大リスクの報告は契約上の義務にします。
担当者だけでなく、利用者、現場職員、既存事業者など異なる位置の「センサー」から情報を集めます。
留意すべきは、平均値だけでなく、少数の強い不利益や予兆を確認することです。

行政内部では、事業担当、財政、法務、調達、首長部局の役割を事前に整理します。
実験途中の変更が、契約違反や目的外支出とならないよう、変更可能な範囲と承認経路を仕様書に入れます。
成果物を固定し過ぎず、検証する問い、最低限の安全条件、記録方法を契約の中心に置きます。
実験を許すには、現場の裁量だけでなく、裁量を正当に扱える制度側の準備が要ります。

実験を例外行事にせず、拡大・停止・継承の規則までつくる

実証事業が、実証したこと自体が成果となり翌年度に消えてしまうとすれば、それは実験ではなくイベントです。
実験は、その結果によって次の資源配分が変わるときに初めて政策学習になります。
開始前に、どの信号が出れば拡大するか、何が起きれば停止するか、誰が判断するかを定める必要があります。

拡大時には、初期の成功条件が規模拡大で失われないかを検討します。
例えば、少人数の熱心な担当者に依存した事業は、対象を増やすと関係密度が下がります。
あるいは、補助された価格で成立した需要は、通常価格では消えるかもしれません。
したがって、拡大も一度に行わず、次の規模で再検証します。
逆に停止時には、参加者への説明、データの保存、設備の転用、知見の公開を行い、経験を組織の記憶へ変えます。

企業との官民実証では、知的財産と公共データの扱いを明確にするとことも重要です。
企業が学習成果を独占すれば地域に能力が残らず、全てを公開させれば企業の参加意欲を失います。
公開すべき検証結果、企業に帰属する技術、自治体が再利用できる仕様を層別に定めるのが現実的です。
また、実証後の随意契約を暗黙の報酬にせず、本導入の競争性と評価基準を先に示す必要があります。

実験のポートフォリオには、倫理的な優先順位も要ります。
影響を受ける人が弱い立場にある場合、損失額が小さくても試してよいとは限りません。
子ども、患者、生活交通の利用者などを対象にするときは、代替手段、同意、第三者審査を厚くします。
安全に失敗できるかは、行政や企業の損失ではなく、最も影響を受ける主体の視点から判断します。

また、複数実験を並べるには、共通の比較軸が必要です。
費用、対象、効果だけでなく、実装に要した調整時間、参加者の不利益、地域側に残った能力を記録します。
結果が異なる理由を、担当者の優劣ではなく、初期条件と介入規則の差から検討します。
これにより、一つの成功例を過度に一般化するのを避けられます。

年度末には、成功事例だけを発表するのではなく、停止した実験と判断理由を一覧化します。
公開できない情報は匿名化し、少なくとも内部では意思決定履歴を共有します。
失敗の上限を決める制度は、失敗を消す制度ではなく、失敗を早期に可視化し、組織の記憶へ変える制度です。

安全に失敗できない組織は、安全に学ぶこともできません。

不確実な課題に対し、行政が約束できるのは成功ではありません。
損失を限定し、異常を早く捉え、学びに基づいて資源配分を変えることです。
失敗の上限を先に決めると、挑戦は無謀さから管理可能な探索へ変わります。
説明責任とは、最初の計画を守り抜いたことではなく、なぜ試し、何を観測し、なぜ続けるか止めるかを追跡可能にすることなのです。

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課題がまだ整理されていなくても構いません。現状を伺い、地域システムの見立てと、最初の小さな一歩を一緒に設計します。