西粟倉村:概要と背景

岡山県の北東部に位置する西粟倉村は、人口約1400人の小さな村であり、その面積の実に95%を森林が占めています 。特筆すべきは、2004年のいわゆる「平成の大合併」の際に、周囲の市町村との合併を選ばず、村として独立を維持する道を選択したことです 。この自主独立の決定が、村の将来に対する強い危機感と主体的な地域づくりの精神を育み、後の先駆的な取り組みへと繋がる重要な布石となりました。   

「百年の森林構想」:背景と連携の目標

西粟倉村は2007年から2008年にかけて「百年の森林(もり)構想」を策定・始動しました 。これは、村の豊かな森林資源との共生を目指し、持続可能な林業の振興とそれを通じた地域全体の活性化を企図する長期的なビジョンです 。この構想において、村役場は極めて重要な役割を果たしました。具体的には、約1300人の地権者が所有する細分化された約3000ヘクタールの民有林の情報を集約・データベース化し、村が一元的に管理する体制を構築しました 。このような行政の積極的な関与とリーダーシップが、構想実現のための基盤を整えました。構想の主な目標は、衰退しつつあった林業を再生させ、地域に新たな雇用を創出し、森林資源を核とした持続可能な地域経済を確立することでした。   

エーゼログループの多面的な役割:林業からローカルベンチャーまで

エーゼログループ(及びその前身組織)は、西粟倉村の「百年の森林構想」実現において、多岐にわたる分野で中心的な役割を担ってきました。

  • 株式会社西粟倉・森の学校(現エーゼログループの一部門): 2009年、西粟倉村、エーゼロ株式会社(当時、牧大介氏が代表)、そして株式会社トビムシ(竹本吉輝氏の会社)の共同出資により設立されました 。当初の主な事業は、間伐材などの未利用材に付加価値をつけて販売すること、そして都市部からの移住者や起業希望者の支援でした 。その後、木材加工に留まらず、木材廃棄物を活用した養鰻事業、森林の落ち葉や樹皮を培地とするイチゴ栽培、さらには古民家再生による賃貸住宅事業(約80軒を管理)や企業研修事業など、多角的な事業展開を果たしました 。これは、地域資源を無駄なく活用する循環型経済への意識の表れと言えるでしょう。2023年4月にはエーゼロ株式会社と合併し、株式会社エーゼログループとして新たなスタートを切りました 。   
  • ローカルベンチャー支援と育成: エーゼログループは、西粟倉村において約50社の新たなローカルベンチャーの誕生を支援し、これらの事業の年間売上合計は約20億円に達しています 。移住者を含む起業家たちをサポートし、「挑戦と応援のコミュニティ」を醸成することで、持続的な地域活性化の原動力を生み出しています 。   
  • 視察研修事業: 西粟倉村は、その先進的な地域再生の取り組みにより、国内外から注目を集める存在となりました。年間1000人を超える視察者や研修者が訪れ、その中には100以上の自治体関係者も含まれています 。これらの視察や研修がきっかけとなり、エーゼログループが他の地域で新たな連携事業を開始したり、拠点を設立したりするケースも増えています 。   
  • ふるさと納税事業: エーゼログループは西粟倉村のふるさと納税に関する事務局業務も担っています 。2022年度には約1億4300万円、2021年度には約1億5200万円の寄付を集めるなど、大きな成果を上げており 、これらの寄付金は村産米の貯蔵施設整備といった地域振興策にも活用されています 。   
  • ビオ田んぼプロジェクト: 生物多様性の保全と農業を結びつけた先進的な取り組みです。無農薬での米作りに挑戦し、田んぼにビオトープ(生き物の生息空間)を設けることで、メダカやドジョウといった水生生物が豊かに生息できる環境を創出しています 。このプロジェクトの特筆すべき成果として、絶滅危惧種であるタガメが田んぼで確認されたことが挙げられます 。生物多様性保全に配慮した米として新たな付加価値を創造し、環境教育の場としても活用されています 。   
  • TAKIBIプログラム: 西粟倉村からの委託事業として、「令和5年度 自治体広域連携によるローカルベンチャー拡大推進事業」の一環で実施されました 。このプログラムでは、村内外の地域課題(特に在宅医療)やビジネスモデルの調査、地域内外の人材を巻き込んだビジネスアイデア創出ワークショップの企画・運営、そして具体的なビジネスプランの実現に向けた伴走支援などが行われました 。契約金額は約4950万円でした 。このプログラムは、地域課題の解決をローカルベンチャーの力で推進しようとする、より進んだ公民連携の形を示しています。   

主要な成果とインパクト:村の経済とコミュニティの再生

西粟倉村とエーゼログループの長年にわたる連携は、人口動態、経済、地域コミュニティの各側面で顕著な成果を生み出しています。

  • 人口動態: 2005年からの総人口は17%程度減少したものの、15歳未満の子供の数は、当初の人口予測と比較して80人増加するという特筆すべき結果が出ています 。これは、若い世代の家族を惹きつけ、定住を促すことに成功した証左です。村の人口約1400人のうち約220人が移住者であり 、幼稚園から中学生までの園児・児童数は約150人を維持しています 。   
  • 経済指標:
    • 村民一人当たりの課税対象所得は、2015年度の125.8万円から2020年度には145.5万円へと15.7%増加しました 。   
    • ローカルベンチャー全体の売上規模は、8億円から22億円へと大きく成長しました 。   
    • 村内では約50社の新規事業が立ち上がり 、その年間売上合計は約20億円に達しています 。   
    • エーゼログループ単体でも、売上10億円、従業員161人という規模に成長しています 。   
  • 雇用創出: これまでに累計で221人の雇用が創出されました 。   
  • SDGs未来都市への貢献: 西粟倉村は2019年に「SDGs未来都市」に選定されました 。「百年の森林構想」を核とする一連の取り組み(再生可能エネルギーの導入、ローカルベンチャー育成、教育・福祉分野への展開など)は、持続可能な開発目標(SDGs)の理念と合致しており、「生きるを楽しむ」上質な田舎暮らしの実現に貢献しています 。   
  • 住民の評価: 2024年に実施された住民アンケートでは、村民の幸福度平均は10点満点中7.0点でした 。当初は新しい取り組みや移住者の増加に対して戸惑いの声もあったものの、時間と共に地域に変化が根付き、肯定的な評価が広がっている様子が伺えます 。   

これらの成果は、単一のプロジェクトの成功ではなく、村の明確なビジョン、行政のリーダーシップ、そしてエーゼログループという柔軟かつ多角的な事業展開能力を持つ民間パートナーとの強固な連携が長期間にわたって継続された「地域ぐるみの取り組み」の賜物と言えるでしょう。特に、森林という地域資源を基点としながらも、それに留まらない多様な産業を創出し、経済的な自立と若い世代の定住を促した点は、多くの過疎地域にとって示唆に富むモデルケースです。

連携の枠組みとタイムライン

西粟倉村とエーゼログループの連携は、「百年の森林構想」が始動した2007~2008年頃から本格化しました 。株式会社西粟倉・森の学校は2009年に設立されています 。この連携は、村役場が森林資源の集約や政策立案といったマクロな視点での役割を担い、エーゼログループが具体的な事業開発や運営、起業家支援といったミクロな実行部隊としての役割を担うという、効果的な官民パートナーシップによって特徴づけられます 。TAKIBIプログラムのように、村が特定の課題解決型プロジェクトをエーゼログループに委託する形態も見られます 。   

今後の展望:西粟倉村における持続的な成長とイノベーション

西粟倉村におけるエーゼログループの取り組みは、今後も森林資源を基盤とした地域経済の多角化と、新たなローカルベンチャーの育成に注力していくものと見られます。特に、「生物多様性」は今後の地域開発における重要なテーマとして認識されており、新たな関心や投資を呼び込む可能性を秘めています 。そして何よりも、「挑戦と応援のコミュニティ」をさらに強化し、地域全体の活力を長期的に維持していくことが、エーゼログループと西粟倉村の共通の目標と言えるでしょう。   

西粟倉村:主要な地域再生指標

指標項目具体的な数値・内容
人口動態総人口約1400人、子供(15歳未満)人口は予測比80人増、移住者約220人、園児・児童・生徒数約150人維持
新規事業創出約50社のローカルベンチャーが誕生
ローカルベンチャー売上成長8億円 → 22億円
一人当たり課税対象所得成長125.8万円 (2015年度) → 145.5万円 (2020年度) (15.7%増)
ふるさと納税寄付額2022年度:約1億4300万円、2021年度:約1億5200万円
エーゼログループ主要事業西粟倉・森の学校(木材加工、多角化事業)、ローカルベンチャー支援、ビオ田んぼプロジェクト、TAKIBIプログラム、視察研修事業、ふるさと納税事務局運営
SDGs未来都市認定2019年認定
住民幸福度(2024年調査)平均7.0点/10点満点