厚真町:概要と震災復興の背景

北海道の南西部に位置する厚真町は、農業、林業、漁業といった一次産業が盛んな、豊かな自然資源に恵まれた地域です 。しかし、2018年9月に発生した北海道胆振東部地震では最大震度7を観測し、土砂崩れや家屋倒壊、人命の損失を含む甚大な被害を受けました 。この未曾有の災害は、町の経済やコミュニティに深刻な影響を与えましたが、厚真町は復興への強い意志のもと、ローカルベンチャースクール(LVS)のような革新的な取り組みを継続し、むしろ強化することで、新たな地域づくりの道を模索しました 。この逆境をバネにする姿勢こそ、厚真町の事例を特異なものにしています。   

連携の始動:「植人(しょくじん)」思想と新たな地域産業の必要性

厚真町は、地震発生以前の2016年から「ローカルベンチャー等推進事業」を開始していました 。その根底には、地域内で新たな挑戦を行う「チャレンジャー」の数を増やすことが、町の持続的な発展に不可欠であるという考えがありました。これは、エーゼログループが提唱する「植人(しょくじん)」、すなわち地域に夢や目標に向かって挑戦する「苗人(なえびと)」を植え付け、育てることで、地域全体に活力を生み出すという思想と深く共鳴するものです 。町は、起業家精神に溢れる人材を惹きつけ、新たなビジネスが生まれる土壌を創り出すことを目指していました 。   

エーゼロ厚真とローカルベンチャースクール(LVS)

  • 設立と役割: 厚真町のローカルベンチャー推進の中核を担うのが、株式会社エーゼロ厚真です。エーゼロ厚真は、町からの委託を受け、ローカルベンチャースクール(LVS)の企画・運営を担当しています 。また、LVSの運営に留まらず、厚真町の地域資源や可能性を発掘し、町内外へ情報発信する役割も担っています 。   
  • プログラム構造:
    • 厚真町で起業や新規事業立ち上げを目指す人材を全国から募集します 。   
    • 選考プロセスは、書類選考、一次選考合宿、ブラッシュアップ期間、最終選考会という段階を経て行われます 。   
    • 特に「一次選考合宿」は、2泊3日の集中プログラムで、参加者は自身の事業プランを発表し、経験豊富なメンター陣からのフィードバックを受けます。合宿では、「事業とは何か」「プレゼンテーションで大切なこと」といった講義も行われ、参加者同士の交流も促されます 。   
    • メンターには、エーゼロ厚真のスタッフに加え、日本政策金融公庫、札幌よろず支援拠点、厚真町商工会など、多様な分野の専門家が参加します。彼らは事業計画のブラッシュアップだけでなく、「なぜこの事業をやりたいのか」「なぜ厚真町でやりたいのか」といった参加者の内発的な動機を深く掘り下げる役割を重視します 。   
  • 地域おこし協力隊制度との連携: LVSで選抜された参加者の多くは、「起業型地域おこし協力隊」として厚真町に着任します 。これにより、最大3年間、月額約20万円の報償費に加え、活動経費の支援を受けることができ、起業初期の経済的な負担を大幅に軽減できます 。この制度連携は、地方での起業を志す人々にとって大きな魅力であり、リスクを抑えながら挑戦できる環境を提供しています。   
  • サポート体制: 経済的な支援に加え、採択者は厚真町役場やエーゼロ厚真のスタッフから、事業推進に関する継続的なサポートを受けることができます 。   

成果とインパクト:新たな起業家の輩出と地域経済への貢献

厚真町とエーゼロ厚真の連携によるLVSは、着実に成果を上げています。

  • 輩出された起業家: 2021~2022年までに10数名 、2024年までには約20社の新規事業がLVSを通じて誕生し、そのうち10社は森林関連事業です 。   
  • 多様な事業分野: 馬搬(馬を使った林業)、介助犬の繁殖・育成、ITを活用した地域内交通サービス、デザイン・広告企画、魚介の燻製加工販売、ツリーイング(木登り体験)、羊の生産、遊休地を活用したキャンプ場開発など、地域の資源や特性を活かした多様なビジネスが生まれています 。   
  • 経済的インパクト:
    • 森林関連のローカルベンチャーだけでも年間約5400万円の経済効果を生み出しています 。   
    • ローカルベンチャー全体の売上規模は4億5000万円に達しています 。   
    • 厚真町の一人当たり課税対象所得は、2014年度の115.5万円から2021年度には144.1万円へと24.8%増加しており、LVSによる地域経済活性化の寄与が示唆されます 。   
  • コミュニティへの貢献と活性化:
    • エーゼロ厚真のスタッフ(花屋雅貴氏など)は、地域住民や商工会との関係構築に積極的に取り組み、新規事業への理解と協力を得るための努力を重ねています 。   
    • LVSやそこから生まれた事業は、地域に新たな活気をもたらし、さらなる人材や関心を呼び込む好循環を生み出しつつあります 。   
    • 企業研修のボランティア受け入れや農業大学校の視察などを通じて、「関係人口」の創出にも力を入れています 。   
    • 地域内のプレイヤーや活動を可視化し、町内外の関係をつなぐためのメディア「あつまのおと」も立ち上げられました 。   

連携の枠組みとタイムライン

厚真町の「ローカルベンチャー等推進事業」は2016年に始まりました 。LVSの選考は同年に開始され、最初の活動者は2017年から事業に着手しています 。事業の主体は厚真町であり、エーゼロ厚真がLVSの企画・運営を業務委託の形で担っています 。LVSは継続的なプログラムとして実施されており、2022年度には第7期生を迎え 、2024年度の募集も行われました(2025年度の問い合わせも受付中)。   

今後の展望:厚真町におけるローカルベンチャーエコシステムの拡大

厚真町におけるLVSは、今後も町のユニークな資源を活用し、地域課題の解決に貢献できる起業家を発掘・育成していくことが期待されます。LVS卒業生へのサポート体制の強化や、地域内ビジネス間の連携促進も重要な課題となるでしょう。また、「環境保全林活用による100年後の“ありたい姿”実現に向けたロードマップ」のような長期的な指針に基づき、特に森林関連のベンチャー育成を推進していくことも展望されます 。 震災からの復興という困難な状況下で、起業家精神を核とした地域再生モデルを実践している厚真町の事例は、他の多くの地域にとって、特に困難に直面している地域にとって、勇気と具体的な示唆を与えるものです。LVSと地域おこし協力隊制度の巧みな組み合わせは、地方での起業を現実的な選択肢として提示し、エーゼロ厚真の地域社会への深いコミットメントが、その成功を支える重要な要素となっています。   

厚真町ローカルベンチャースクール:インパクト概要

指標項目具体的な数値・内容
プログラム開始年2016年(ローカルベンチャー等推進事業)
LVS卒業生/事業創出数約20社(うち森林関連10社)
主なベンチャー分野馬搬、介助犬育成、IT地域交通、燻製加工、ツリーイング、羊生産、キャンプ場開発など
年間経済効果(森林LV)約5400万円
年間経済効果(全LV)約4億5000万円
一人当たり課税対象所得成長115.5万円 (2014年度) → 144.1万円 (2021年度) (24.8%増)
地域おこし協力隊としての移住者数12名(LVS経由)
エーゼロ厚真の主な役割LVS企画・運営、メンタリング、地域資源発掘・情報発信、地域内連携促進