岡山県の最北東端に位置する西粟倉村は、鳥取県と兵庫県に隣接し、その面積の約95%が山林という特性を持つ、人口約1300人の小さな村です 。2000年代初頭の「平成の大合併」において、多くの自治体が合併を選択する中で、西粟倉村はあえて「自立の道」を選択しました 。この決断は、村の未来を自らの手で切り拓くという強い意志の表れであり、その象徴的な取り組みが、2008年に掲げられた「百年の森林(もり)構想」です 。   

この構想は、地権者1,300人、6,000筆に分かれている合計3,000ヘクタールもの広大な林地を、村役場が森林所有者から預かり、役場主導で再生させていくという、当時としては極めて大胆かつ壮大な計画でした 。これは、従来の行政の枠を超え、地域全体を一つの「システム」として捉え直し、その未来を自らデザインしようとする、まさに「地域システム変革」の試みと言えます 。その前提として重要だったのは、森林の情報をデータベースとして適切に管理することでした 。このデータ管理は、複雑な森林生態系と経済活動の相互作用を理解し、変化に適応することを可能にする基盤となり、地域の資源から新たな経済を生み出していく挑戦を後押ししました 。   

エーゼログループの原点:株式会社西粟倉・森の学校の設立

「百年の森林構想」を具体的に推進する中核として、2009年10月1日、エーゼログループの前身である株式会社西粟倉・森の学校が設立されました 。この会社は、西粟倉村雇用対策協議会から移住・起業支援事業を受け継ぐとともに、木材の加工・流通事業を立ち上げる形でスタートしました 。   

設立にあたっては、当時まだ珍しかった投資型クラウドファンディングの仕組みを活用し、地域内外から広く出資を募るという革新的な手法が用いられました 。これは、中央集権的な資金調達に頼るのではなく、多様な「エージェント」(投資家や地域住民)が自律的に参加し、システム全体で資金を「自己組織化」する アプローチと言えます。これにより、村が森林所有者から土地を集めてまとめて管理し、森林組合に杉の発注を行い、伐採された木材を販売していくという、官民連携による持続可能な林業ビジネスモデルが構築されました 。   

この事例は、自治体が明確なビジョンとリスクテイク(森林の預かり)を行い、民間企業がそのビジョンを実現するための事業化とイノベーションを担うという、官民連携の理想的なモデルを示しています 。行政が「場」と「方向性」を提供し、民間が「実行力」と「多様性」をもたらす関係性は、単なる林業再生に留まらない、より広範な地域変革の原動力となりました 。これは、複雑適応系における「制御」が、個々のエージェントの競争と協力から生まれるという特性 を具現化したものです。   

林業の六次産業化と地域経済への貢献

「百年の森林構想」の中心となるのは、村が森林所有者から森林を預かり、適切な間伐や作業道整備を行う協定です 。これは10年間を一区切りとして長期に管理し、光の差し込む美しい森林を維持し、限りある自然の恵みを大切な人たちと分かち合える上質な田舎づくりを目指すものです 。   

エーゼログループの母体の一つとなった株式会社西粟倉・森の学校は、この森林の再生を通じた地域経済の活性化を目的として設立され、木材の加工、流通、商品開発、販売まで一貫して行うことで、「西粟倉ブランド」を築き、地域経済に貢献しています 。   

西粟倉・森の学校からエーゼログループへとつながる事業展開は、林業の六次産業化に留まりません。これは、現在エーゼログループが提唱する「会社の百姓化」という哲学の具体的な実践であり、地域内の多様な資源を最大限に活用し、相互に連携させることで、システム全体の「レジリエンス」(回復力)を高めることを目指しています 。   

例えば、以下のような多角的な事業を展開しています 。   

  • 木材事業: 西粟倉村産材の積極的な活用を通じて、豊かな森林環境の構築を目指しています。自社工場で製材・乾燥・製品加工・塗装まで一貫して対応し、住宅用内装材から家具・雑貨まで幅広くモノづくりに取り組んでいます 。   
  • 養鰻事業: 木材加工で発生する端材を燃料として活用し、持続可能な方法でうなぎを養殖する「森のうなぎ」事業を展開しています(2024年12月に休止) 。   
  • 獣肉加工流通事業: 地域で捕獲されるジビエ肉の加工・流通を手がけ、未利用資源の活用と地域経済への貢献を図っています 。   
  • いちご農園事業: 木くずを培土として活用したいちご栽培に取り組んでいます 。   
  • 養蜂事業(Reml Behn): 「森から生まれ、森を産み出す蜂蜜づくり」をテーマに活動する蜂蜜ブランドです。収益の一部(2023年現在は年間売上の5%)を多様性の豊かな森づくりに投資することで、「発展するほど森林が豊かになるビジネスの形」を目指しています 。   

これらの事業は、あるところで出てくる「廃棄物」を「資源」として捉え、新たな仕事を創出する循環型事業を展開しています 。この「廃棄物ゼロ」に近い資源循環モデルは、地方の限られた資源で経済を自律的に回すための強力な戦略です 。これは、環境負荷の低減だけでなく、新たな事業機会と雇用を生み出し、地域経済の多角化と持続可能性を高めています 。SDGs(持続可能な開発目標)の達成にも貢献する、先進的な地域ビジネスモデルと言えるでしょう 。   

さらに、エーゼログループは建築・不動産事業も手がけ、村全体の約600世帯のうち80軒ほどの賃貸住宅の管理も行っています 。これは、移住者の生活基盤を支え、新たな住民が地域に定着するための重要な役割を果たしています 。   

加えて、エーゼログループの100%子会社である株式会社ネは、西粟倉村で高齢者福祉事業「ゆうゆうハウス」を運営しています 。これは、地域に暮らす高齢者が尊厳を持って安心して生活できる場を提供することで、村の「社会関係資本」を強化し、多様な人々が共生できる「未来の里山」の実現に貢献しています 。単に経済活動だけでなく、福祉という側面からも地域社会の包摂性を高め、住民一人ひとりのウェルビーイングを支えるという、多角的なアプローチを実践しているのです。

ローカルベンチャーの聖地化への道筋と創発的成果

これらの多角的な取り組みは、西粟倉村に具体的な成果をもたらしています 。総人口こそ2005年から17%ほど減少しているものの、15歳未満人口は予測を80人分上回っており、子どもの数は横ばい傾向となっています 。これは、周辺地域で悪循環が進む中で、西粟倉村が独自の好循環を生み出していることを示唆しています。これは、周辺地域の人口減少が進む中でも、西粟倉村が独自の好循環を生み出していることを示唆しています。

地域経済の観点では、所得平均などの経済的な指標も全体的に改善されており、他の地域よりも良い数字が出ています 。これは、移住者を中心に、働いて税金を収める生産年齢人口の割合が高まった結果であると分析されています 。西粟倉村の成功事例が、周辺地域を含めた広域での地域活性化のヒントとなることが期待されます。

西粟倉村が主催し、企画運営をエーゼログループが担った移住起業支援事業「ローカルベンチャースクール」では、多数の起業家を輩出しています 。村の移住政策による雇用の創出は子どもの増加にも繋がり、他の自治体からも林業による地方創生の先駆的事例として注目されています 。西粟倉村は、自治体と民間企業が一体となってビジョンを共有し、資源を循環させ、人材を育成する「ローカルベンチャーの聖地」としての地位を確立しつつあります。  

この一連のプロセスは、複雑適応系における「創発性」の典型例と言えます 。個々の事業や移住者の活動、そして行政との連携が相まって、単独では予測できないような、村全体の人口構造や経済状況の好転という「大域的なパターンや振る舞い」を生み出しています 。これは、地域を生き物のような複雑適応系として捉え、その自己組織化能力を最大限に引き出す西粟倉村とエーゼログループの取り組みが着実に成果を上げている証拠と言えるでしょう。西粟倉村は、まさに「地域システム変革」の生きたモデルとして、日本全国に希望の光を投げかけています 。