西粟倉村が「平成の大合併」の際に合併しないことを選択し、自立の道を歩み始めて20年が経ちます。この村の挑戦は、単に行政が計画を推し進めるという従来型の地域づくりとは少し異なり、様々な想いを持つ人々が自律的に活動し、互いに影響を与え合いながら、村全体として誰も予測しなかった未来を「創発」させています。

これは、複雑適応系(Complex Adaptive Systems)としての地域の姿と言えるでしょう。個々の活動は小さくても、それらが交差する中でポジティブなフィードバックループが生まれ、地域全体が自己組織化していきます。本稿では、この村で起きている化学反応を、新たな挑戦者を集める「起業支援」と、共感を繋ぐ「共創人口」という二つの循環から深掘りしたいと思います。そして、私たちエーゼログループは、その壮大な実験場で、主役である村や挑戦者たちの活動を円滑にするための、裏方であり触媒としての役割を担っています。

挑戦の「種」を蒔き、育てる土壌づくり

地域づくりの主役は、いつの時代もそこに住まい、事業を営む人々です。しかし、新しい挑戦の芽吹きには、リスクを恐れず一歩を踏み出せる環境が不可欠です。西粟倉村の素晴らしい点は、その「土壌」を行政と民間が一体となって本気で作り上げたところにあります。

その象徴が、2015年から村が主体となって進める「西粟倉ローカルベンチャースクール(LVS)」です。これは単なる起業セミナーではありません。村を舞台に事業を興そうとする挑戦者たちのために用意された、実践的な「滑走路」のようなものです。参加者はオンラインでの学びやフィールドワークを通じて、この村が持つ可能性と課題を深く理解し、自らの事業プランを磨き上げていきます。そして最終選考を通過した人は、村の未来を共に創るパートナーとして迎え入れられます。

この仕組みの核心は、国の「地域おこし協力隊」制度を、起業家支援のために戦略的に活用している点にあります。採択者の多くは「起業型地域おこし協力隊」として村に着任し、最大3年間、事業委託費という形で経済的な支援を受けながら、自身の事業の立ち上げに集中できます。これは、挑戦に伴う初期の経済的な障壁を劇的に下げる、行政による力強い後押しです。全国で活用される制度に「起業」という明確なベクトルを与えることで、単なる移住定住策ではなく、地域経済の未来を担う「事業の種」を蒔くという、村の強い意志が表れています。

私たちエーゼログループの役割は、この行政の大きなビジョンを具体的なプログラムとして設計し、円滑に運営することにありました。起業家と行政、そして地域住民との間に入り、コミュニケーションを促進し、信頼関係を醸成します。いわば、異なる背景を持つ人々の間の「相互作用」を誘発する触媒のような存在です。

しかし、本当に重要なのは、LVSを通じて集まった起業家たちが織りなす関係性そのものです。同期の仲間との切磋琢磨、先に道を歩む先輩起業家からの助言、そして彼らの活動を温かく見守り、時には手助けしてくれる地域住民の存在。こうした有機的な繋がり、すなわち「社会関係資本」こそが、起業家たちをこの地に根付かせ、孤独な挑戦を支えるセーフティネットとなります。

結果として、林業、製造業、教育、福祉、飲食など、多種多様なローカルベンチャーが村のあちこちで産声を上げました。一つひとつの事業は小さくても、それらが存在することで村の風景は確実に豊かになり、新たな雇用が生まれ、移住者が増え、ついには子どもの数も下げ止まるという目に見える成果に繋がりました。これは、誰かが設計図を描いた通りの結果ではありません。多様な挑戦者という人々が、用意された土壌の上で自由に活動し始めた結果として生まれた、ポジティブな創発現象なのです。

「応援」が地域を巡る経済圏

もう一つの重要な循環は、村の外から寄せられる「応援」をエネルギーに変える仕組み、ふるさと納税事業です。多くの自治体にとって、ふるさと納税は財源確保や返礼品競争の側面が強いかもしれません。しかし西粟倉村では、これを地域外の人々と繋がり、村の未来づくりに参加してもらうための「対話のプラットフォーム」として捉え直しました。

ここでも主役は、村のビジョンに共感し、寄付という形で応援してくれる全国の人々です。村のウェブサイトでは、寄付金が「百年の森林づくり」や「子どもたちの教育」といった具体的なプロジェクトにどう活かされるかが丁寧に説明されています。寄付者は単なる消費者ではなく、村の未来に投資する「応援団=共創人口」となります。返礼品として届けられる村の特産品は、その繋がりを実感するための証です。

この「応援」という感情的な価値は、やがて経済的な価値へと転換され、地域内を循環し始めます。例えば、村内で収穫された米を保管・管理する独自の米倉庫の運営は、ふるさと納税事業が安定的な販路となることで成り立っています。これにより、村の農業が支えられ、農家の所得向上にも繋がります。

この仕組みの中で、エーゼログループは再び裏方に徹します。寄付者の想いを可視化し、村の活動と結びつけるためのウェブサイト制作や事務局業務を担います。それは、村の物語を外部に伝える「編集者」であり、寄せられた想いを地域内に届ける「翻訳者」としての役割です。

重要なのは、この外からの「応援」のエネルギーが、内で活動する起業家たちの背中を押す力にもなっているという点です。自分の活動が、地域住民だけでなく、遠く離れた場所から応援されているという事実は、何よりの励みになります。こうして、LVSが生み出す「人の循環」と、ふるさと納税が生み出す「想いと資金の循環」は、互いに無関係ではいられません。両者は相互に作用し、地域全体の活力を高めるポジティブなフィードバックループを形成しているのです。

触媒が繋ぐ、自己組織化する未来

西粟倉村で起きていることは、行政のトップダウンな計画と、起業家たちのボトムアップなエネルギーが見事に融合した、生きた実例です。そこでは、行政、起業家、住民、そして村外の応援団といった多様な人々が、それぞれの立場で自律的に動きながらも、互いに影響を与え合い、結果として地域全体がしなやかで持続可能なシステムへと自己組織化していきます。

この複雑でダイナミックなプロセスにおいて、私たちエーゼログループの役割は、主役になることではありません。むしろ、人々の「間」に入り、コミュニケーションの結節点となること。硬直化したルールをときほぐし、新たな相互作用が生まれやすい環境を整えること。つまり、化学反応を促進する「触媒」として機能することにあります。

この西粟倉村のモデルは、そのまま他の地域に移植できる処方箋ではないでしょう。なぜなら、全ての地域は異なる歴史と文化、そして異なる人々で構成されているからです。しかし、行政が挑戦のための「土壌」を用意し、多様な主体が自由に活動できる余白を認め、そして民間組織がその「相互作用」を丁寧にお手伝いするという思想は、普遍的な価値を持つはずです。

主役たちの挑戦が交差する「生きた実験場」から、どんな未来が創発するのでしょうか。その予測不能なプロセスに寄り添い、支え続けること。それこそが、これからの地域づくりに求められる私たちの役割だと確信しています。